かつて、大空を自由に飛び回ることができる天使がいた。
この天使は、あるとき、地上に舞い降りると同時に、
何かの拍子にほとんどの記憶を失ってしまった。
天使の覚えていた記憶といえば、
いつも空から眺めていた美しい景色とその感動だけだった。
彼は、背中に生えている自分の翼の存在に気がつかないまま、
この空への憧れを胸に、近くにあった砂で階段を作り始めた。
日が昇り、日が沈む。
天使は一心不乱に階段を築き続ける。
しかし、砂は崩れやすく、階段は何度も崩れ落ちた。
それでも天使は諦めず、再び砂を積み上げていた。
ある日、別の天使がこの天使のもとを訪れた。
その天使は驚いた。
「なぜ、その美しい翼を使わぬのですか?」
自分の翼の存在について意識した天使は、
戸惑いながらも翼を広げてみた。
すると、その翼は自然と風を捉え、天使は軽やかに大空へと舞い上がった。
記憶喪失後の初めての飛行に、心を躍らせながら、
同時に、地表から自らの足が浮いている感覚に少しの恐怖を感じていた。
しかし、その恐怖感は、
自らの翼が羽ばたくたびに、
喜びの感覚によって上塗りされていった。
天使は改めて気が付く。
自分には、もともと空を飛ぶための翼があったのだと。
それからというもの、天使は自分の翼を信じ、大空を自由に飛び回った。
また、生涯を通して、
あの砂の階段を作った日々を決して忘れることもなかった。