難解な表現で、平凡な自己を隠す。
絢爛な衣装で、醜悪な身体を隠す。
隠された心は自傷と同様に痛み、
日に当たらない日々が輪郭を磨耗していく。
悟ったようにみえるのは無感覚の真似事?
何かをやることを避けるために、才能に逃げる。
最も価値のある働きが軽んじられ、
保守と怠惰と老化が、未来を食い潰していく。
いずれ訪れる沢山の死が世界の救いだとしても、
きっと、我々に努力できる何かはまだ残されているはずだと信じて、暗中模索。
意味のある小さな積み重ねを探す段階で躓いているのかもしれない。
世界中の地面を全て掘り下げていけば、いずれ石油が湧き出るとして、
その地面は本当にここで合ってるのか?
適当な掘削の最中、寿命が尽きて満足?
コンピューターには次に出るサイコロの目を予測できるとでも?
確率の収束は抽象的な未来でしかない。
原理原則が生存バイアスだとして、
その裏の法則性にはどんな価値があるのだろうか。
ああ、難しいゲームだ。
問題点を改善する作業を何回も何回も続けて、
期待の天秤は希望と絶望を行ったり来たり。
しかし、目を瞑って、深くひと呼吸。
きっとなんとかなると信じて、心を落ち着かせる。
今日できることをひとつずつ。
きっと乗り越えられる。