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精節録 —オナ禁で得た知見—

依存や自律というものと向き合う中で考えたことを書いています。もしも、同じようなテーマについて考えている方がいれば、僕もその一人なので、共に考えていけたらとても嬉しいです。

「欲の長さ」と歩幅。

外的な競争。

まるで、市場で動き続ける価格のように、あっちへこっちへと変化していく。そのスピードは、競争が苛烈になればなるほどに加速していく。そのスピードについていけなかった者、あるいは、スピードについていくことにうんざりした者は、そこから抜けていく。振り回されているうちの日々は、それに応じてものすごいスピードを要求されるから、自分がとても速く走っているような錯覚に陥るが、実際の姿は、ただ首輪をつけられて、飼い主に振り回されているだけである。その足は地上から浮いている。だから、外的な競争からおりた途端にある事実と向き合うことになる。あんなに必死になっていたのにほとんど成長していないのだ。自分で走ってみようとすると、足の筋肉はむしろ衰えてしまっていたことに気がつく。

 

自然な成長。

まず、自らの足を起点として、日々を何かしらの改善にあてていく。一度に多くを欲することなく、叶えられる願いを叶えていく。欲深さのかわりに、持続的に可能な欲求を軸にしていく。つまり、「欲の長さ」を意識したい。

もし、欲深くなっているとするならば、今手の届かないことについて思いめぐらしているからだろう。だから、視点を取り戻す。自分の足下を見て、手の届く範囲を確かめる。つかみにいけるものをつかみにいっては、それを繰り返す。すると、気がつけば多くの力を得ていることに気がつく。背丈は伸び、歩幅は広がり、一日に成せる事柄は増えていく。歩むスピードは、たいして変化などしてはいない。無理をせず進んでいる。ときには立ち止まって考えることもある。ただ、自然な成長が、自身の歩幅を広げていくから、歩む距離はどんどん長くなっていた。

 

選択。

外的な競争は、いつも参加者を募っている。上手い言葉に誘われそうになる。

自然な成長は、不安定な自由でもあり、ある種の恐怖感がある。

目先の安心感を求めるならば、前者を選ぶだろう。

しかし、「欲の長さ」を意識するならば、後者を選ぶ。

 

競争力。

本質的な競争力は、競争のさなかに出来上がっていくということは稀だ。競争から離れて、実力を蓄えるから、強くなる。力のない者が戦いを挑み続けても死ぬだけだ。力をつけるまでは、潜伏し、鍛えなければならない。

 

歩幅。

歩みの速度は一定でも、歩幅が広がれば、進む距離は長くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

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