精節録 —オナ禁で得た知見—

依存や自律というものと向き合う中で考えたことを書いています。もしも、同じようなテーマについて考えている方がいれば、僕もその一人なので、共に考えていけたらとても嬉しいです。

"簡単"の主観性

誰かの簡単という言葉を

素直に受け取るとたいてい
その大変さに驚く
 
もちろん文字通りのこともあるが
今回扱う"簡単"はそちらとは区別したい
 
例えば
一番分かりやすいのは言語だ
10代の方に聞いてみよう
母国語を話すのは簡単かどうか
 
さて、話を飛躍させよう
今度は大企業の社長に聞いてみよう
100万円を1日で稼ぐのは簡単かどうか
 
本質的な問題を突き詰める人なら
すぐさま、そうだとは答えないだろうが
技術的にどうかと問うならどうだろうか
 
次は身近な人に聞いてみよう
自分の母親だ
料理をつくるのは簡単かどうか
 
さあ、最後に自分に聞いてみよう
人が簡単と答えたことに対して
自分はどう答えるのか
 
あるいは
人が簡単ではないと答えるようなことで
自分はなんともなく出来ることはないか
 
おじいちゃんに聞いてみよう
スマホを扱うのは大変かどうか
 
その道のプロに
その職業について聞いてみよう
何が簡単で、何が大変か
 
まずもって
ほとんど自分の役に立つことはない
あらゆる人々は
その人それぞれに立っているステージが違う
それは高い低いだけで判断できるほど
シンプルなものではない
 
技術には複合によって
新しい命を芽生えるものが
いくらでもあるからだ
 
 
話の階段をあげよう
生きることは簡単だろうか
それとも大変だろうか
日々を楽しむことは簡単だろうか
それとも大変だろうか
 
僕はこの質問を
言葉の中に答えを探してしまう時
自分自身に対して問いかけたい
 
 
 
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