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精節録 —オナ禁で得た知見—

依存や自律というものと向き合う中で考えたことを書いています。もしも、同じようなテーマについて考えている方がいれば、僕もその一人なので、共に考えていけたらとても嬉しいです。

脳の貪欲さ

たとえば、何かしらの問題の解決策を練る。問題が複雑であればあるほど、細分化して、段階を追って、解決の手順を整理していくのが大変になる。あるときは何時間もかかる。当然一日では終わらない。けれど、頭を休めることなくひたすら考え続ける。すると、そのうちに頭が働かなくなってくる。「ああ、そろそろ寝なければいけないのか。」そうして、床に就く。寝る間際まで、頭の中は問題のことで一杯になっているようだが、しかし、同時に意識が遠のいていく。

朝、目が覚める。よくわからないが、問題の解決ができそうな感覚が訪れる。脳が何かを囁いてくる。よく耳を傾けると「お前、簡単な話だ。あれをそうすればいい。」そんな風に、教えてくれる。ひと呼吸おいて考える。ひらめきと似た感覚が到来して、寝起きであったことも忘れて、再び問題と向き合い始める。すると、するすると絡まっていた糸が解け始める。とても面白い。

さて、たとえばプログラミングであれば、問題自体を自らで設定して、その計算の段取りをまた自らで組み立てていく必要があって、そこに変数なり調べたいものを入力して、コンピューターに計算してもらう。しかし、脳は違う。寝る前に、問題を頭の中に放り込んでしまえば、寝ているあいだに、計算の段取りや問題の再定義、そして、最終的な解法と解答まで導き出している。そんなことがあるたびに、まるで神様が身体の中にいるかのようで、不思議な気持ちになる。

一方、起きている間、脳や身体は、快楽を求める。だから、もしかすると、問題の解ける喜びのために、寝ているあいだも休むことなく働いているのかもしれない。そう考え直すと、なんとも貪欲なやつだなあ、と感心させられる。

この神なのか獣なのか分からないような存在と、仲良くやっていくためには、もっと快楽の本質について考える必要があるのだろう。

それは、彼にとって毎日の糧であり、おそらく存在意義そのものなのだろう。だから、できれば、なるべく美味しいものを食べてもらいたい。それは、味だけでなく、手間や、感謝といった総合的な意味での美味しさでありたい。

インスタントラーメンやジャンクフードは確かに手軽で美味しいけれど、心が満たされない。貪欲な彼には、そんな手抜きの食事は通用しない。日々の改善の中で、料理の腕をあげていきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

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