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精節録 —オナ禁で得た知見—

依存や自律というものと向き合う中で考えたことを書いています。もしも、同じようなテーマについて考えている方がいれば、僕もその一人なので、共に考えていけたらとても嬉しいです。

孤独の味

「幸せと思えることが幸せ。」

誰かが言っていた言葉。

 

孤独な感覚は、寂しいものだ。人恋しくなる。

一方で、寂しさを感じた分だけ分かることもある。

ふと聴いたメロディーに自分の感情は交差する。

そこには、孤独な交わりがある。

そんなとき寂しさが喜びだす。不思議な感覚。

 

一振りの塩が、料理全体をよくもわるくもするように、

独りの時間の過ごし方ひとつで、人生全体の意味や深さは大きく変わる。

 

どうやら近くに居る人との比べっこからは逃れられない以上、

そこから離れているときにしか、自分を見つめ直す時間はとりづらいものだ。

 

まるで夢見るように人と交わり、

目が覚めているかのように独りを慎みたい。

 

環境は変わるが、自らは変わったか。

自らに合わせるように環境をつくっているか。

それを楽しんでいるだろうか。

自分のためが人のためになるようなことはないか。

よけいな気負いを交換してはいないか。

最近興味を持ったことはなんだったか。

この感情に名前をつけるとしたら?

 

自問自答の中に、欲望の基底となるエネルギーの塊の片鱗を探すことができる。

自らの面白い部分に気がつけるかどうか、大切なことだ。

つまらない、があるから、面白いもある。

つまらない部分があるなら、必ず面白い部分がある。

面白いだけではなく、その裏にはつまらなさがある。

 

幸せと思えることが幸せなように、

幸せと思えないときも、その思いを愛おしみたい。

裏があるからこそ、表があるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 
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