精節録 —オナ禁で得た知見—

依存や自律というものと向き合う中で考えたことを書いています。もしも、同じようなテーマについて考えている方がいれば、僕もその一人なので、共に考えていけたらとても嬉しいです。

オナ禁が全てではない。

オナ禁にのめり込んでいると

リセットすることで

心理的に非常に大きな負担を強いるように

なっていくことがある。

 

そんな時は

もっと本質を見つめ直したい。

 

オナ禁というものは

エネルギーを積み重ねる行為だ。

それ以下でもなければそれ以上でもない。

 

いや、もしかすると

本当に運や神秘的な要素に

関係しているのかもしれない。

しかし、それは現実に認識できなければ

想像に過ぎず、想像に限界はない。

肥大化した妄想や期待は

いつだって裏切られる。

それを避けよう。

 

そのために

オナ禁とは

エネルギーを積み重ねることだと

それだけを想定しておきたい。

 

すると

リセットをして失うものは何か。

積み重ねたエネルギーだ。

 

一方

失わないものは何か。

積み重ねたエネルギーによって

成してきたこと、蓄積してきたことは

そのままに残っている。

 

リセットの有無は

全く大した話でもなければ

それ自体に大した意味がある訳でもない。

 

積み重ねたエネルギーを

何に使うかだけが

いつだって検討されるべき課題だ。

 

精力を浪費することを慎み

その溜め込んだ力を用いて

例えば、家を建てたとしよう。

一度、建てた家はもはや

精力とは関係なく、そこに成立する。

 

オナ禁において

オナ禁は全てではない。

具現化されたこと、

さらには、それよりも大切なことだが

自分の方向性を見極め信じ抜くこと、

それが根本義だ。

 

 
 

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