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精節録 —オナ禁で得た知見—

依存や自律というものと向き合う中で考えたことを書いています。もしも、同じようなテーマについて考えている方がいれば、僕もその一人なので、共に考えていけたらとても嬉しいです。

悪魔の誘惑(2)

「悪魔は、人を訪ねるのにあまりにも忙しすぎるときは、その代理として酒をよこす。」

(ユダヤのことわざ)

「酒の害は酒が毒だからでなく、すばらしいが故につい飲み過ぎるからだ。」
(リンカーンの言葉)
 
 
 
喜びは
悪魔の誘惑を乗り越えたその先に
遅れてやってくるものだ。
 
それが実際に訪れた時
実のところ思っていたほどではなく
自分にとってたいして重要でないことの場合
なおさら、何故あれほどまでに欲していたのか
冷静になることは多い。

 

その要因は
悪魔が見せる誇大した妄想だ。
感覚を過剰に刺激し
欲望を風船のように膨らませていく。
 
悪魔の狙いは何か。
 
限界まで膨らんだ風船に待つのは破裂だ。
その欲望が満たされることは未来永劫ない。
 
なぜなら、現実の何倍もの理想を
虚構に描き続けるだけで
つまり、実際の行動については
ただ風船に息を吹き込むだけで
日々を過ごし続けるからである。
 
さて、破裂の時がやってきた。
 
目の前の風船が消えたその人間は
落胆する。嘆く。
そして自身の虚構を隠すために
再び新たな風船に手をつけるのが大半だ。
 
悪魔の命は、人間の落胆や嘆きでつくられる。
彼らは、狙った人間の人格の崩壊によって
その身体を大きくし、力を強める。
 
人間を堕落させる術は、星の数ほどある。
 
生きることは悪魔との戦いでもある。
相手の無数の戦術や戦略に対して
僕らができることといえば
 
「死ぬまで諦めないこと。」
 
そのくらいのものである。
 
覚悟は、悪魔のエネルギーの供給源を断つ。
あとは、時間が彼らを弱らせ
自分を強めていくことを待つしかない。
 
覚悟によって
時を味方につけたなら
この世で最強の盾を手に入れたことと同義だ。
 
悪魔は、人が何かを諦めては
表情を曇らせるのを見て
不気味に微笑むのだ。
 
人の不幸にだけ依存して生きる奴らを
生かしておく必要はない。
不幸の煙で出来上がった連中は
それを食えなければ時とともに
風に流されて消える。
 
 
悪魔を相手にしないこと。
向き合うべきは、いつだって自分自身だ。
 
 
 
 
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